和田多香子さん
2024/01/15 UPDATE
和田多香子さん
1期生(2022年卒)
筑波大学大学院出身
筑波大学附属久里浜特別支援学校(小学部4年担任)

「子どもは悪くない」という言葉を胸に、
日々の授業や研究に励んでいます
 国立大学附属の特別支援学校に勤務する和田多香子さん。日本の特別支援教育をリードするようなハイレベルな環境に身を置きながら、専門性の研鑽に日々奮闘しています。とはいえ、インタビューに応じる和田さんに余計な力みはなく、終始肩の力の抜けたやわらかい笑顔で、教員生活を心から楽しんでいるようです。
- 本日はありがとうございます。近況を教えてください。
 2022年度から、筑波大学附属久里浜特別支援学校に勤務しています。昨年度は任期付きの教員を1年間務め、23年4月に正採用になりました。幼稚部と小学部があり、1学年に1クラスのみ、定員6名に対して担任3名の配置になっています。私は昨年に小学部3年生を担任し、今年は持ち上がりで4年生を担任しています。担当教科は音楽、いきいきタイム、こくご・さんすう・自立活動です。単元によっては図工等でもMT(メインティーチャー)を務めることがあります。
 校務分掌は、教務とアセスメントです。教務は事務仕事が中心で、教育実習生の校内の窓口も担当します。アセスメントは、3年に1回、すべての子どもがPEP-3というアセスメントを受けるのでその検査者をしたり、他の先生方に検査について知っていただいたりする業務です。
 勤務校は知的障害を伴う自閉症の幼児・児童のみを教育対象とする国内唯一の特別支援学校です。教員も人事交流の先生が3分の1、正採用の教員が3分の1、任期付きの教員が3分の1という構成になっています。道を挟んですぐ前に海があり反対側には裏山と、自然豊かな場所にあります。国立特別支援教育総合研究所に隣接しており、研究所内のトランポリンやスヌーズレンルームといった施設を授業で利用させていただくことがあります。また研究者とお話ができたり、特別支援教育に関する図書がたくさんある図書館を利用できたりするので、教員が自己研鑽に励みやすい環境です。
*日本版 PEP-3自閉症・発達障害児 教育診断検査 [三訂版]。 子どもを遊ばせながら直接観察し、知覚・運動機能・認知機能などの発達上の重要な側面を捉えることができる発達検査。
和田多香子さん
勤務校は道を挟んですぐ海という環境。(上)広場で遊ぶときも海が見え、授業で砂浜遊びをする日もあるそう。(下)「昨年、真っ白だった壁に子どもたちと教員が一緒に色を塗り、素敵な海になりました!」(和田さん)
和田多香子さん
隣接する特別支援教育総合研究所内の図書館。「勤務校の職員も授業作りや自己研鑽のためによく利用します」
- 子どもとの関係づくりで、意識していることは?
 クラスの6人の児童のうち、おしゃべりを上手にできる子もいれば、発語がなかったり、好きなアニメのセリフをずっとつぶやいていたりする子もいます。昨年の初めの頃は、子どもの発信に対して「何のことを言っているのかな?」と思うことはありました。そこで、それぞれの興味関心に合わせて絵カードを準備したり、何を言いたいかの候補を目の前に並べて「これ」と指差しで教えてもらったりして、コミュニケーションをとるようにしました。子どもの反応や表情を見るだけでなく、保護者から聞き取りをするなど、いろいろなものを組み合わせて総合的に判断しています。
 手がかりになるのは子どもの好きなもので、それぞれのお子さんに確固たる好きなものがあります。例えば妖怪がとても好きな子は、いつも妖怪アニメの歌を歌ったり、お絵かきや粘土で妖怪を作ったりしています。特定の先生がものすごく好きな子もいます。先日も図工の授業で傘に絵を描いていて、その子に「何を描いたの?」と聞くと、大好きな6年生の先生の名前を挙げていました。あと発達的に初期段階のお子さんではボール遊びとかトランポリン、ブランコなどの体を動かす遊びが好きという子もいますね。
 それから、意識しているのは学生時代の指導教員の「子どもは悪くない」という言葉です。望ましくない行動が起きているとしたら、それは子ども自身の問題ではなく、周囲の大人の関わりや環境設定がその子に合っていないからで、まずは自分自身の行いを見直しなさいという趣旨です。やっぱり学級では毎日事件が起きます。水道のところで「手を洗ってね」とお願いしたのにずっと水遊びをしていたり、移動時に「先生と一緒に行こうね」と話したのに、ダーッと駆け出したり。そういうときは私も人間ですからちょっとイラッとはしますけど、あまり怒ることはないですね。すべては私の不徳の致すところで、子どもは悪くない。毎日のように突き刺さる言葉だなと思います。
和田多香子さん
PECS(絵カードを用いたコミュニケーション)。指導した児童は複雑な内容も伝えられるようになってきたそう。
- 次に授業づくりについて、教えてください。
 基本的に、子どもの興味関心に沿った内容の授業でないとついてきてくれないので、子どもたちがビビッとくるような授業をしたいと思っています。そのために何が必要か、他の2人の担任の先生によく相談しています。他の先生は自分とは別の視点から子どもたちを見ているので、「これなら子どもたちが楽しめそう」というアイデアをいただくことが多いです。先週ちょうど初任者研修の研究授業があり、音楽の授業で「おばけなんてないさ」をやりました。妖怪が好きな子とほかの数人もおばけに興味を持ちそうだと思って題材を決めましたが、それをどう展開するかで迷って2人の先生に相談をしたら、「おばけなんてないさ」の2番に「(おばけを)れいぞうこに いれて カチカチに しちゃおう」という歌詞があるから、「特大冷蔵庫を作って子どもたちを入れ、ドアを開けたらカチカチになって出てくるみたいなことをしたら楽しそうじゃない?」とご意見をいただきました。私も「それは楽しそう!」と思い、1人でダンボールを用意して6時間ぐらいかけて大きい冷蔵庫を作りました。結果、子どももたちもすごく楽しんでくれたので、やっぱり正解だったなと思います。
 授業は子どもたちのリアクションがすべてを物語るので、次の授業で180度、方向転換をすることもよくあります。子どもたちは待ち時間が長いと待てないので、待ち時間ができるだけ少なくなるように日々配慮をしています。例えば、①雑巾を絞る、②拭くという掃除の手順で、本来なら全員が①を達成してから②に進みたいところですが、待ち時間が発生するとどんどん気が散ってしまうので、6人を3人・3人に分けてグループで進めたり、掃除自体がもうダメだという日はその単元をやめたりすることもあります。でも、本当に毎日楽しいですよ。思いがけない楽しいことがたくさんあるので、絶対に飽きないです。
和田多香子さん
「おばけなんてないさ」の指導で和田さんが自作した冷蔵庫。「授業時はドアの線しかありませんでしたが、休み時間に子どもたちが妖怪やおばけを描きました」(上)。出たり入ったりできるのが楽しい様子(下)。
- 教員としてやりがいを感じるのは、どのようなとき?
 昨年の3年生で、年度当初は発語が「(お願いの)い」しか言えなかった児童がいました。私が熱心に教えたところ、お話がかなり上手になりました。それまで家庭でも発語がなかったのに、父親がカップラーメンを食べている横へ来て「おへはい(お願い)」と言ったので思わず全部あげてしまった、というエピソードを保護者から聞いて「よかった〜」と感激しました。
 その後、発音できる言葉は増えましたが、まだ不明瞭でふだん一緒にいる人しか理解できないため、誰にでも伝わるコミュニケーション手段を身に付けてほしいと、絵カードを教え始めました。その子はもともと見て理解する力が高く、真似も上手にできるので、私が文章を作って型にはめてあげれば、その後は自分でいろいろ変えて文章を作れるようになると思ったからです。最初は「マジック」だけから始まりましたが、今では「和田先生、黒、マジック、紙、ハサミ、ください」といった文章で伝えられるようになりました。私以外の教員にも自分からいろいろと伝えられるようになり、本人より私がルンルンです。
 それから、昨年度お別れ遠足で八景島シーパラダイスへ行き、そこでも感動ポイントがいっぱいありました。学校から公共交通機関のバス・電車を乗り継いで行くのに、座って静かにしていられることもすごいですし、水族館でも走り回らずに見学し、じっと魚や生物を観察していました。イルカショーでも、本来は大きな音が苦手な子も多いのですが、爆音で音楽が流れる中で楽しく一緒に踊ろうとしている様子を見て「嘘でしょう?」という気持ちでした。昼食でもレストランで静かに座って食べ、ドリンクバーもちゃんとマナーを守って使っていました。私たちも遠足に向けて、水族館にはこういう動物がいると写真で見せたり、ドリンクバーをダンボールで作って練習したりと、準備や事前学習を重ねに重ねて本番にたどり着きましたが、当日に子どもたちが学んだことを生かしたり、場を楽しもうとしたりする姿をたくさん見られて本当に最高でしたね。
和田多香子さん
ある日の音楽の授業風景。「ベルハーモニーを使い、ドレミの歌を一緒に演奏しているところです」
- 保護者に対する支援でも、印象的なお話がありますね。
 昨年、私が保護者支援を頑張っていた家庭があります。知的にも発達的にもお子さんの障がいが重く、顔を手で叩いたり、壁に体を打ち付けたりする自己刺激行動もあって、家庭でのコミュニケーションもうまくいかない状況でした。私が連絡帳に「今日はこういうことを頑張っていました」と書いても、保護者からは「家ではこんなことがあって辛かった」というネガティブな発信ばかりで、わが子の頑張る姿をあまり受け止められない様子でした。そこで保護者に少しでもポジティブになってほしいと思い、お子さんができていること、楽しんでいることを知ってもらえるようにポジティブなことだけを連絡帳に書き、参観日にはその子が活躍できる場面を設けました。さらに夏休み・冬休みの長期休暇が保護者にとってすごく負担というお話だったので、長期休暇中には週に1、2回保護者と電話面談をして、子どもの様子やお母さんの体調を聞いたり、関わり方のちょっとした工夫をお伝えしたりしました。
 そうして保護者に働きかけを続けたところ、年度途中から連絡帳にも「おうちでこんなことができました」といったポジティブな言葉が少しずつ増えてきました。さらに運動会後にアルバムをいただいたり、年度末には保護者から「来年も担任は先生がいいです」と伝えてきてくださったりして、涙が出ました。
 実はそこまで踏み込んで支援するケースは多くはないのですが、私自身は日頃から、専門性を備えた教員になりたいと思っています。教員として、保護者にとって一番身近で相談したいと感じてもらえるような存在でありたいですし、子どもたちにとっても家庭の次に長い時間を過ごすのは学校です。ですから、そこにいる教員が専門知識をもっていて、それを学校の授業や保護者支援を通じて、子どもたちに還元していけるような存在でありたいなと思っています。
- それでは、今後の課題について教えてください。
 クラスの子どもたちは自閉症の特性が強く、発達段階にもかなり大きな差のある6名なので、集団として成立しづらいことが多々あります。子どもたち全員が「なんだ、なんだ!和田が来た!面白いことが始まる!?」とワクワクして注目したくなるような働きかけや授業ができる先生になりたいです。実は小学部主事の先生が授業の補助に入ってくださったりすると、子どもたちはパッとその先生の方を向きます。本当に魔法みたいなので「何がコツなのかな」と思って観察したり、先生に伺ったりはしていますが、やっぱり場数を踏まないと難しいのかなという気がしています。
 それから、私はせっかく臨床発達心理士の資格を持っているので、発達検査などのアセスメントを積極的に活用しながら、根拠に基づく指導・支援をしていきたいです。海外だと教員とは別に心理職や看護師、言語聴覚士などの専門職が学校に常駐していることが多く、専門職によるアセスメントを受けやすいようです。日本は全ての学校がそういう環境にあるわけではなく、教員に求められるものが多い一方、経験や主観に頼った指導も多くなりやすいので、根拠に基づく指導・支援の道を開いていければと思っています。
 また、大学附属校に勤務しているので、研究も頑張りたいです。学校全体として年に1回、12月ぐらいに実践研という研究報告発表会をやっています。それに向けて全校で1つテーマを決めて研究を進めます。去年は私が研究担当で、先ほどの自己刺激行動をする児童の余暇の幅を広げたり、自己刺激をせずに活動に向かえる時間を増やしたりするためにはどうすればいいか等を研究しました。特殊教育学会という特別支援教育の学会でもポスター発表を行いました。
- 気分転換のしかたと、奨学生OBOG・財団への質問等をお願いします。
 気分転換としては、コーヒーを飲むのが好きです。自分自身でもハンドドリップしますが、美味しいカフェを探すことも大好きです。逗子や葉山も近いので、いろいろとカフェを探索していますね。それと最近、岩盤浴にハマっています。自宅から車で20分ぐらいの場所に温泉と岩盤浴の施設があるので、そこでまったりしています(笑)。
 奨学生OBOGの皆さんには、教員としての専門性を高めるためにどんなことをしているのか、聞きたいです。正直に言うと、今後のライフプランとかもこっそりでいいので教えてほしいです(笑)。それから勤務校の子どもたちがとっても可愛いので、奨学生・OBOGの皆さんにもぜひ見学等に来ていただきたいです。そして一緒に働けたら、より嬉しいです。
 財団への要望では、海外の学校の先生(特に特別支援教育に携わる方)との交流や、お話ができるような研修があったら嬉しいです。また奨学生OBOGに対する研究助成などがあるとさらに有難いですね。
和田多香子さん
休日はカフェで過ごすことも。「波が寄せてはかえす風景を眺めながら、コーヒーを飲む。贅沢な時間です!」

(2023年6月29日の取材をもとに事務局が編集しました。)
編 集 後 記
師には幼児がすみついている
(専門性と膨大な知識量を持ちながら更なる研鑽を続ける。子どもの心も様々な角度から分析する。一方たったひと粒の「飴玉」のご褒美に「ばんざーい(^^♪)」と全身で喜ぶ和田さん)
 和田さんに驚いたことは数々ある。ひとつはその正確な日本語。和田さんが喋るままに書いていくと、論旨明快で正確な言葉遣いゆえ、そのまま文章として使えてしまう。校正の必要はほとんどない。次にたゆまぬ専門性の研鑽とその知識量。大学院で培った専門性に臨床発達心理士資格など、更なる上乗せをして子どもや関係者に還元し続けている。
 三番目は冒頭にあげたように、本当に頭の中に幼児が住みついているかのような反応ができること。この3つのシナジーが和田さん固有の専門性を高めているのだと思う。
 和田さんと知り合って5年以上になるが、今回取材してみて思い出したのは、「子供の純真な心こそが誠の仏の心」と唱えた良寛様である。その博学と徳の高さで誰もが敬い崇拝している存在である一方、子どもと隠れん坊をするとき、一番の子どものような無邪気さを発揮して最後まで隠れとおしてしまう良寛様が何故か和田さんとダブってしまった。
 特別支援の先生たちと話しているときに感じる神々しさとは、このような幼児性体得から発せられるのかもしれない。それに加えて和田さんには学者の素養があるのだから、この人はどんどん輝いていくだろう。どうか今のまま王道を歩んでほしい。
そこで、とくに教職にある皆さんにお願い
皆さんは子どもと同化して喜んだり、笑ったりすることがありますか?
それはどのようなとき? どのようなことで? でしょうか
同化することでよかったこと
例えば、ある子の「本音」がわかったとか?
教えてください。
ついでに、同化して失敗した~なんて経験もあれば
教えてください。
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募集中
学びをより広く
深いものにするために
取材を受けてくれたOBOG教員たちは、一生懸命自己開示してくれています。
編集後記中の「記入フォームはこちら」より入って
1.お読みになった感想をお書きください。
2.彼らにメッセージをお送りください。
3.編集後記の皆さんへの問いかけになるべくお応えください。
皆さんから寄せられた感想とメッセージ
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