大橋瑞希さん
2023/09/15 UPDATE
大橋瑞希さん
3期生(2022年卒)
東北福祉大学出身
福島県立特別支援学校(小学部4年担任)

動くものや操作するものを取り入れ、
「好奇心をかき立てる授業」を実践
 大橋瑞希さんは、福島県の特別支援学校に勤務して2年目です。授業づくりについて話す大橋さんの朗らかな笑顔から、子どもたちも学校生活を楽しんでいる様子が想像されました。意思表示の手段の少ない子どもを指導する難しさや、労働時間の管理などについても、今の思いを率直に語ってくれました。
- 今日はありがとうございます。近況から、教えてください。
 福島県の特別支援学校に就職して2年目です。肢体不自由の子どもの特別支援学校で、小学部から高等部まで全校で180人ほどが通っています。肢体不自由といっても身体的な障がいだけという児童・生徒は少なく、脳性麻痺などの医療的ケア児も多く在籍しています。立地としては東北自動車道のインターチェンジ近くで通いやすく、住宅街にあって落ち着いた環境です。
 今年、私は小学部4年生の担任をしています。学級の児童は3人で、もう一人の先生と2人体制で見ています。校務分掌では情報教育部を担当しています。業務内容はICT関係もありますが、おもに学校ホームページの小学部の記事を作成しています。
 私は福島県の出身で、もともと私が特別支援学校の教師の道を選んだのは、障がいをもつ姉との関わりが大きいと思っていました。でも先日、同じ境遇の先生と話していて「自分はきょうだいがきっかけで特別支援学校の教師を目指したわけではなく、子ども時代に同じ学級にどうしても勉強についてこられない子がいて、その子が放っておかれているのを見て『この人に何かできないか』と思ったんだよね」という言葉を聞いて「私も同じだ!」と思いました。私が中学生のとき、今でいう学習障がいとか自閉症に近いグレーゾーンの子が学級にいて、私が勉強を教えていたら、周りの子に「あの子は放っておいても大丈夫だよ」と言われていたことがフラッシュバックし、「学級の中で置いていかれてしまう子を支援したい」という気持ちが、今の仕事に就いたいちばんの動機だったのかなと、あらためて気づきました。
- 子どもとの関係づくりで、意識していることは?
 授業だけでなく生活全般で、視覚的情報を活用しながら「一時一事」を心がけて話すようにしています。使用する視覚的情報は、カードや写真が多いですね。イラストは実物をかなり抽象化したものなので、わからない子が多いです。できるだけ写真を見せたり、実物を見せたりしてリアルな視覚情報でやり取りしています。
大橋瑞希さん
子どもたちとの情報共有では写真を有効活用。上の写真は、場所の説明で使用するひらがなを添えた写真カード。
 それから、子どもたちが伝えようとしていることを丁寧に拾い、コミュニケーションをとっています。今の学級の3人の子どものうち、1人は言葉が発達していてふつうに話ができます。1人が「あー、うー」といった喃語で、もう1人は単語を発するけれどすごく数が少ない状態です。私たちは言葉でのやり取りに慣れているので、そういう3人が学級にいると、言葉が達者な子に視線や注意を持っていかれてしまいます。別の2人からの情報を意外にキャッチできていないと感じたので、今は3人に背中を向けないように意識しています。作業をするときも、子ども全員が自分の視界に入るようにしています。
 あと喃語で「うわー」と声を出しているけれど、独り言なのかこちらに問いかけているのかわからないときがあります。そのときに何でも反応していると子どもが「(努力しなくても)全部拾ってもらえる」と思ってしまうので、あえてスルーすることもあります。そうすると大きい声を出してみたり、手を伸ばしたり、強い視線を送ってきたりするので、声の出し方や表情、手の動かし方、視線といったサインをよく観察します。
 子どもが何を伝えたいのかわからないときは、質問もします。喃語で伝える子は肢体不自由で自分では動けないので、「あー」と手を伸ばすんですが、そちらの方向にいろいろなものがあると私たちもわからないので「これ? これ?」と、次々に考えられる選択肢を見せて尋ねます。例えばCDプレーヤーが使いたいのかなと思っても、CDプレーヤーという言葉を理解しているかどうかもわからないので、目の前に実物を持っていって「これ(CDプレーヤー)を使いたいの?」と尋ねたりします。子どもだけでなくこちらも身振り手振り、全身で伝えている感じです。「言葉は音声に限らない」と身に染みて感じます。
大橋瑞希さん
時間の経過の概念を育てるために、カレンダーに毎日の学習の写真を貼付。「カレンダーの写真を見て、思い出やもう一度やってみたいことを話し合います」(大橋さん)
- 授業づくりで、大事にしていることはある?
 授業では、子どもが好きな活動や教材教具を取り入れ、好奇心をかき立てる授業づくりを心がけています。子どもたちは動くものとか、自分で操作できるものがすごく好きです。例えば今日の授業は「丸」という形の勉強をしました。子どもはボールやセロハンテープの芯などを物として知っていますが、その形が丸だということを知りません。そこで、大きいボードを机に斜めに立てかけて斜面を作り、その上に丸いものを置いてすべて転がしたんです。ラップの芯のような円筒形の物は横向きに置くと転がるけれど、縦に置くと転がらない。そういうことを子どもたちが実際の物を操作しながら「これは転がる、これは転がらない」と学んでいきました。そして最後に私がダンボールいっぱいの大量のカラーボールを持ってきて「あっ」とつまずいたふりをして、ボードの上にぶちまけました。大量に転がるカラーボールを見て子どもたちもすごく盛り上がって、休み時間もずっとボールで遊んでいましたね。
 授業のアイデアは、一緒に指導しているベテランの先生からご助言をいただくこともありますが、私はできるだけ生活に直接結びついたものを教材として使うよう、心がけています。形の勉強であれば一般的な教具のほうが形の特徴を捉えやすく、望ましい面もあるかもしれませんが、生活で使わないものは子どもたちにとって必要性もないし、まったく興味を持たないので、生活の中で目にする身近なもので学べるようにと思っています。
 それと、子どもたちが成功体験を積み重ねながら学ぶ楽しさを感じられるように、扱いやすい道具・教材を準備します。今は「書く」授業をしていますが、うちのクラスの子どもたちは鉛筆のような筆記用具は扱いづらいため、太いポスカを選んでいます。ポスカなら3人のうち2人は、麻痺のある手でも自分なりの持ち方ができますし、残る1人は握る力が弱いので、ポスカを手に固定できる補助具をつけ、握らなくても手を動かせば書けるようにして、書く経験をたくさん積めるように工夫しています。
 授業で扱う情報も精選します。先ほどの形の学習は、本来は「丸と三角と四角を同時に学び、混在している物の中から形を選ぶ」という趣旨でしたが、「そもそも子どもたちは丸・三角・四角を知らないよね」と考え、学習する内容を細分化し、まず「丸」を知ってもらうことにしました。そして学習の最後に今後に向けて、ちらっと「四角」も出してみました。カラーボールをバーッと投げた後に、あえて四角いスポンジや積み木をポンと投げたら、斜面でピタッと止まったんです。子どもたちはそれがすごくおかしかったらしく、「止まった! 転がらない」と驚いていました。「ああ、こうやって子どもたちはちょっとずつ気づいていくんだな」と、こちらが学ばせてもらっている感じです。
大橋瑞希さん
算数科「なかまあつめ」では転がる物と転がらない物を仲間分け。「様々な素材のなかで、子どもたちはボールが転がることに気づき、繰り返し転がして遊んでいました」
- 指導がうまくいかず、焦ったり苛立ったりすることはない?
 子どもができないことに対しては、イライラすることはないですね。でもたまに、子どものせいにしたくなるときはあります。こちらが必死に授業をしているのに、子どもが窓の外で鳥が飛んでいく様子をボーッと見ていると、「なんで鳥を見ているんだ!」って(笑)。でもそれは、「自分が、子どもにとって鳥以上に興味のあるものを出せていなかったんだな」と振り返っています。尊敬する先生であればもっと違うやり方をされたでしょうし、私が子どもを深く知っていれば、また違うものを提供でき、その時間が有意義なものになったかもしれないので、やはり子ども自身やそのときの気持ちを、もっと知りたいなと強く思います。特別支援教育について学ぶなかで、先生方から「何か少し支援ができたからといって奢ってはいけない」と言われてきましたが、奢るどころか、常に子どもに勉強をさせられている感覚です。
 一方で、子どもから自分のことを一生懸命に伝えてきてくれたときは、特別支援教育の教員としてやりがいを感じます。子どもとの間に信頼関係ができてないと、子どもは伝えてくれないと思うんです。この大人は何かを言っても聞いてくれない、わかってくれないと思われたら、子どもは自分のことを伝えてこないですから。たまに、やらなければいけない業務に追われているときに子どもが声をかけてくると、(困ったなー)と思うこともありますが(笑)、「この先生なら対応してくれる」と思って頼ってくれているんだなとポジティブに捉えると、やっぱり嬉しいです。あと今日のカラーボールを使った形の授業のように子どもたちが楽しんでくれたとき、子どもが集中して授業や活動をできたときも、やりがいを感じる瞬間です。
- それでは苦労していること、今後の課題は?
 労働時間の管理ですね。年度当初の4月は毎日退勤が20時を過ぎていましたし、日が長くなってからは余計に時間の感覚がわかりづらく、気づいたら19時を過ぎていたりします。今日のようにたくさんの教材を使った日は、子どもが下校した後の片付けだけでも時間がかかり、その日のまとめや明日の打ち合わせが全く終わってないのに退勤時間になってしまうこともあります。それから私は2年目で、今年入ってきた初任の先生が初任者研修で苦労されているので、その先生の話を聞いたりしていると時間がすぐに過ぎてしまいます。私も初任のときに先輩の先生に話を聞いてもらって嬉しかった側なので、「大丈夫? 元気?」と自分からよく声をかけています。
 苦労している点といえば、子どもの個々の目標の立て方とその評価も難しいです。結局私というフィルターを通してその子を見ているので、私が課題と感じることも他の人が見れば違うかもしれない。どれほど時間をかけて考えても、目標とその評価に決まった正解があるわけではないので、どれくらい時間をかけるかという加減には悩みますね。
 基本的に、授業の単元ごとに何かができる・わかるというその時間の目標を決めますが、具体的にどうなったらできた・わかったというのかも判断が難しいです。例えば話ができる子が「わかった」と言って、その内容を説明できるのであれば、理解したと評価ができますが、言葉が出ない子や少ない子なら、どうすればできたことになるのか、そこまで考えて具体的な目標を設定しなければなりません。肢体不自由がある子では、言葉もないうえに動かせるのは視線だけという場合もあります。手の麻痺が強くて物を渡すとキュッと握る子は、「物を握るのが好き」といわれがちですが、実は握るのが好きなのではなく、離したいけどできないだけかもしれない。そういう子どもたちの思いを正しく読み取ったり、評価の方法を考えたりするのは本当に難しいなと思いますね。
- 休日の過ごし方、奨学生・OBOGへのメッセージをお願いします。
 今、平日は18時までには退勤できるように努力しています。1個1個のタスクにどれぐらい時間をかけるか気をつけるようにしたら、少し時短につながっている気がします。
 また体力がないと子どもの介助ができないので、休日はよほどのことがない限り仕事はせず、ランニングや筋トレで体を動かしています。走り始めたのは昨年からです。この仕事を始めてから、ランニングをしているという人に会うようになって、私も走り始めました。実は小学校・中学校時代から走るのが好きで、中学校では駅伝選手に選ばれたりもしていたので、好きなことをまたやろうかなというぐらいの気持ちで、楽しく走っています。自宅周辺は広い道路が多いので、歩道を走っていって5kmぐらい離れたところにある公園で折り返して帰ってくるというルートで、1回に10kmほど走ります。ファンラン程度ですが、大会にも参加しています。
 OBOGに聞きたいことでは、時間内に仕事を終わらせるためにどんな工夫されているか、を聞きたいです。時短のために使っているオリジナルアイテムやスケジュール表などがあれば教えていただきたいです。私は3期生で、日常的にOBOGと連絡をとり合っているわけではないのですが、また財団の近況報告会などで皆さんと交流したいです。
 財団への要望では、無理を承知でいいますが、『教師の最速仕事術大全』という本の著者・三好真史さんの講演会などがあれば、話をお聞きしてみたいです。著書に書かれているような時短で仕事ができればすごいなと思う一方、実際の教育現場では「定時に帰る先生って、あんまり仕事してないよね」という声も少なくないので、OBOGのなかでも読まれた方がいれば、意見を伺ってみたいですね(笑)。
大橋瑞希さん
趣味はランニング。休日はウエアや道具を整え、近所を走るそう。「今夏は暑いので、心と体が鍛えられます」

(2023年5月30日の取材をもとに事務局が編集しました。)
編 集 後 記
自分を見とおす人
(言葉に頼れないコミュニケーション環境の中、子どもに寄り添い、気持ちをつぶさに受けとめて、なおかつ自分の気持ちも見とおすことができる大橋さん)
 臨床心理士などカウンセラーにおける成長の壁は、相談相手の気持ちを肯定的に受け止め続けるあまり、自分の負の気持ちを抑え込みすぎてしまい、ストレスで相手の気持ちがわからなくなることだそうだ。
 つまり人の心に携わるプロは相手と同時に自分の気持ちの変化(今自分は怒っている/私は不都合を感じている/私の考えでは間違っていると思うなど)を正確に感じて、優しく傍らに置くことができる必要があるということだ。
 取材の中で、大橋さんは障がいをもつ子どもに献身的に尽くしている中、「『困ったなー』と感じたけど『頼ってくれている』と思って嬉しく感じた」とか「『がっかり』しかけたけど自分の工夫が足りなかったと振り返って……」と発言していた。
 つまり自分の気持ちの変化を正確に捉え、それをもう一段上の視点から見つめなおすことをすぐに行っているのだ。だから子どもにイライラすることがないのだろう。
 鋭い観察力、子どもの「わかる」を獲得するまで創意工夫して働きかける力は勿論のこと、中でもこの類まれな心を見とおす力は、意識して努めることで、更に素晴らしいものになるだろう。そして傍らに置いている、自分のどちらかといえば負の気持ちは、時には人に打ち明け、相談などしながらぜひ優しく労って欲しいと思う。
そこで、とくに教職にある皆さんにお願い
子ども・生徒に強くかかわっている中、
皆さんは時にイライラ、ハラハラ、むかつきなど様々な感情が
ご自身の心の中に生まれていると思います。
それをどのように取り扱うのか?
大橋さんのような取り扱い方もありますし、
あえて怒りの域まで高めてギャフンと言わせる作品にする
映像作家の例まで芽生える感情の使い方は
人の成長や成功と関係があります。
皆さんの「感情取り扱い」をぜひお送りください。
記入フォームはこちら >
募集中
学びをより広く
深いものにするために
取材を受けてくれたOBOG教員たちは、一生懸命自己開示してくれています。
編集後記中の「記入フォームはこちら」より入って
1.お読みになった感想をお書きください。
2.彼らにメッセージをお送りください。
3.編集後記の皆さんへの問いかけになるべくお応えください。
皆さんから寄せられた感想とメッセージ
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