髙橋由衣さん
2022/09/01 UPDATE
髙橋由衣さん
1期生(2020年卒)
群馬大学出身
群馬県立特別支援学校(高等部3年担任)
子どもの微かな発信をキャッチするため、
アンテナを研ぎ澄ましています
 奨学生研修の講師も積極的に引き受けてくれている髙橋由衣さん。目標や使命感をもって全力投球をするパワフルな一面と、言葉を選んで丁寧に伝えようとする細やかさを併せもつ髙橋さんですが、教員として働く中でいろいろな経験をして、さらに柔らかく、しなやかな強さを身に付けているようです。
- お久しぶりです。卒業後の近況報告から、お願いします。
 令和2年度より、群馬県の特別支援学校・高等部に勤務しております。勤務校は分校時代を含めて創立23年目、高等部は開設から5年目になります。
 群馬県の北部に位置する特別支援学校で校区が広いため、多くの生徒がスクールバスを利用して通学しています。学校全体では61名の児童生徒を40名の教員でサポートしています。私の所属する高等部は生徒が23名、教員は担任が9名と主事の先生など数名です。私は今年度3年生の担任と、教科では数学を担当しています。
 子どもの様子でいうと、主に知的障がいのある子が学ぶ学校なので、診断名はそれぞれです。例えば「精神遅滞を伴う自閉症」という診断名の生徒もいれば、「知的障がいと自閉スペクトラム症」といった診断名の場合もあります。知的障がいがある点は共通しており、それに加えて聴覚障がいや肢体不自由を抱える子どももいます。広い校区のこの地域の唯一の特別支援学校なので、廊下を元気に走り回れるお子さんもいれば、車いすで移動しているお子さんや医療的ケアを必要とするお子さんもいて、障がいの程度や状態は幅広いです。
 現在、私が担任している高等部3年生は、単一障がいの生徒と重複障がいの生徒とで2つの学級があります。ただし担任3名で8名の生徒をみており、生徒同士も良好な関係を築けているため、ほとんどの時間を学年の8名で過ごしています。2つの教室を仕切っている可動式の壁を開け放って、大きい一つのクラスのような形で過ごしています。
 私が着任したときはコロナが最初に流行った時期で、最初の2年間は校外学習や現場実習などもなかなかできませんでした。今年度に入って少し感染の情勢も落ち着いてきたため、本校の高等部が開設して初めての修学旅行を計画しています。当初は金沢に行く予定でしたが、感染症対策に伴い近県の栃木県に行こうという話になっています。生徒たちには3年間勉強してきたことを活かし、自分のパワーを発揮して思い出を作ってほしいなと思うので、勉強の機会や友達と一緒に楽しむ場面をどう設定していけるかと、頭を悩ませているところです。
髙橋由衣さん
山に囲まれた自然豊かな校区。近くの城址から美しい河岸段丘が一望でき、「タモリさんが絶賛されたそう」(高橋さん)
- 周囲の人とのコミュニケーションで意識することは?
 保護者や同僚・上司の先生方、子どももそうですが、どんな人と話すときも、端的に結論を伝えたほうがいいか、背景や過程を詳しく説明したほうがいいかなど、そのときの相手の気持ちやその後の予定などを考えて、内容や伝え方を工夫するように努めています。
 実は、私は基本的にはすごく話したがりで、教育実習のときの指導教官に「ちょっと話すのを少なくしてみるといいよ」と言われました。「先生から説明しすぎると子どもも言われてやるようになってしまう。こちらが静かに待っていると子どもの中から『あっ』と気づく瞬間があったりする。だから待てるといいんだよ」と教えていただいたことがあります。それもあって日頃の話の伝え方にも、かなり気をつけるようになりました。
 いつもお忙しい保護者にパパパッと要点をまとめて伝え、保護者から「わかったよ、先生」と笑顔で言ってもらえたりすると「上手に言えたかな」と嬉しくなります。逆に相手にちょっと怪訝な顔をされると、わかりにくかったかな、くどくどしゃべっちゃったかなと動揺します(笑)。
 バス通学の生徒の保護者にはお会いする機会が少ないので、日頃の連絡ノートで些細なことでもお伝えしています。特に提出物や学校からのお知らせなど、必ず知っていてほしいことは、連絡帳を開いてすぐわかるように赤や青のペンで書くことがあります。「今日お配りしたプリントは金曜日までにお願いします」というように「何をいつまでに」がわかりやすいように書いています。保護者が一息ついたときや週末にまとめて読んでくださってもいいことは、黒いペンでちょっとずつ書いています。
髙橋由衣さん
家庭への連絡ノートは、すぐに伝えたいことや大事な部分を赤字にしてわかりやすく記載。(実物は掲載不可のため、ももたろうを元に再現)
- 話し方を考えるとき、相手のどういうところで判断する?
 保護者でいうと、面談のときに「いつでもいいですよ」という保護者と、「金曜日の3時でお願い」という方だとおそらく後者のほうが日頃からお忙しい方かもしれませんし、「いつでもいい」という返事の保護者は大らかにお話ができそうだなと想像します。
 また、保護者が面談日時に学校に到着したときの服装などからも判断します。仕事の服装のままで、仕事を抜けて来てくださったんだなというときは、「今日は何時までにいくつお話をさせてください」と先に言っておくと、「いいよ。よろしくね」と受け止めてもらえます。そういう話しぶりや当日の服装、日程調整のときの返事などから、“作戦”を組み始めます。
 子どもの場合、いちばん気をつけているのは朝、教室に入ってきたときの様子です。ふだん元気に挨拶する子が、力なく「おはようございます…」と入ってきたら気になります。逆にいつも落ち着いているのにやたらテンションが高いとか。ふだんはきちんと制服を着ているのに背中のシャツが出ているとか、パッと見て気になるところがあると、本人に気付かれないように様子を見ています。登校中にトイレを我慢していて早く行きたくてそわそわしていたとか、暑くて背中をかいたらシャツが出ちゃったなど、心配のない場合もあります。中には言葉でうまく説明できない子も多いので、例えば、背中にできものができてかゆくて必死にかいていたということもあり得ます。そういうときは「薬を塗ってもらおう」と言葉をかけて必要な対応をとると、ふだんのその子のペースにだんだん戻っていきます。
 考えてみると、先に話したように私が保護者の背景を想像するということも、就職して2年余り、子どもたちと接していて、子どもたちから学んだことかもしれないですね。特別支援学校にいる生徒は自分の思っていることや気持ちを言葉にするのが難しい子が多いので、子どもの思いや状況をキャッチするために、常にアンテナを張り詰めている感じです。3時に生徒が下校するとどっと疲れが出ます(笑)。
髙橋由衣さん
クラスの授業風景。「体を大きく使って、わかりやすく伝えられるように心がけています」
- 教員として、やりがいを感じる瞬間は?
 子どもが「今まで難しかったことができるようになったとき」はもちろんですが、それを学校だけでなく、どこででもできるようになったときに、やりがいを強く実感します。
 学校の中でも初めは先生と一緒にから始まり、それが友達と一緒にできるようになり、徐々に一人でもできるようになって「ああ、よかった」と思っているとき、保護者から「うちでもやっていたよ」と電話で教えていただいたりすると、とても嬉しいです。さらに現場実習などで初めて会う人と同じ空間でもできたりすると、本当に力がついたんだなって感激します。もちろん頑張ったのは本人ですが、私もそこに関われたことが嬉しいです。
 印象に残っているのは、場面緘黙のある生徒の例です。彼は高等部1年の入学直後は本当に一言も言葉を発しませんでした。機能的に問題があるわけではないので、家庭では流暢に会話をできますが、それ以外では話が難しいという生徒でした。
 そこで彼が思っていそうなこと私が察知・推測し、代わりに周りに伝えるという関わりをしていると1年の後半になって徐々に単語が出てくるように。2年になると、他の生徒や先生の前でも少しずつ言葉が出るようになり、すごく嬉しいなと思っていました。
 その子が2年生の現場実習で一般企業に挑戦することになり、先方にも場面緘黙の症状があることはお伝えして準備をしていました。実習の2日目に私が巡回指導で現場に行ったところ、受け入れ先の企業の方が「先生、ぼくとしゃべってくれたよ」とにこにこしながら教えてくれたんです。その方が猫を飼っていて「うちの猫の写真を見てよ」と彼に見せたところ、「うちにもいるよ」と話してくれたそうです。初めて会った人にも自分の声で、自分の言葉で会話ができたと知ったとき、本当に嬉しかったです。
- 教員になってから、苦労したことは?
 1年目のとき、体調を崩してしまい長いお休みをとったことがあります。病院から診断書をいただき、1年目の終わりから2年目の最初にかけて1か月間、引きこもっていました。そのとき自分では全然わかっていなかったのですが、周りの先生や管理職の先生が「だいぶ辛そうだから、お医者さんに行って」と強く勧めてくださり、受診しました。病休をとる直前は10kgぐらい体重が落ちていたし、夜も眠れなかったのですが、かえって好都合だと思って仕事をしていて(笑)。「寝ないでも動ける」と思ったのですが勘違いでした。
 体調が悪くなる前は、自分のキャパを超えてやってしまっていました。周りの先生方も忙しいので「聞いてはいけない」と思っていて。なるべく自分でやる、本やインターネットで調べてやる、書類一つでも一から自分で作るという感じでした。
 病休を経験して、今は素直に周りの先生方に相談するようになり、「こうすればいいよ」「これ5年前のだけど、よかったら参考にしてね」と教えていただいています。特に同学年の学年主任と先輩の先生にはお世話になっていて、「いつもすいません!」と私が言うと「頼られるうちが花だからね」「もっと聞いてね」と言葉をかけてくださいます。本当に大好きで、尊敬するお二人です。
 また、日々の体調管理も意識しています。今日はアンテナを張りすぎて疲れちゃったなというときは、いつもより早寝しておこうとか、消化にいいものを食べておこうとか、体調面での自分への気遣いをするようになりました。食事も、時間があるときは自分の好きなものを作ったりするようになり、落ちていた体重もみるみる回復して元のサイズに戻りました(笑)。
髙橋由衣さん
秋の修学旅行に向け、生徒が着る衣装を試着して記念撮影。「尊敬する先生方とのお気に入りの1枚です」
- 今後、取り組みたいことは?
 高等部3年生の担任として、家庭や医療・福祉・労働などの関係機関と連携する機会が増えてきました。就職をする生徒では、職場に障害に対しての配慮のほか、障害があるからこその強みといったらヘンですが、人一倍きっちりした性格で端をぴったり揃えて箱の中に入れるのがとても上手だとか、そういう良いところもたくさんあるので、それを職場や周りの人に伝えるのも私の大事な仕事です。
 それから家庭や職場のほかに、生活介護などのサービスを利用して他の利用者とともに日常生活を送るような場合、学校での経験や成長をどのように次の生活につなげていくかも重要です。生徒それぞれがこれから先もずっと安心して過ごしていけるように市町村や医療機関、これから先の人生で生徒に関わっていく人たちに、何をどう引き継いでいくか。私にとっては初めてのことですが、必ず成し遂げなければならないことです。今、他の先生方と相談しながら少しずつ進めているところです。
 この2年間、卒業する3年生を見送っていますが、やっぱり卒業式の終わりにみんなが歩いて退場するときの姿は、本当に凛々しいです。一般企業に就職する子でも、生活介護を利用する子でも、本当にシャンとして卒業していくさまを見ると、「この子たちは社会人になるんだ」と実感します。特に最初の年に送り出した生徒は、私とたった1年違いで社会人なった子たちで、自分は23歳で経験したことをわずか18歳でやっていくんだと思うと、ものすごく揺さぶられるものがあり、担任でもないのに泣いていました。今、私が受けもっている生徒たちも、同じように凛々しい姿で送り出してあげたいなと思います。
- 最後に、OBOGに伝えたいことをお願いします。
 OBOGの皆様の近況が知りたいです。奨学生時代にスプリングキャンプ等の研修で学んだことが今も私の力になっています。研修では色々な人の話を聞いて、聞いた内容そのものももちろん勉強になりましたが、当時、自分と同世代の初対面の学生と一つのテーブルで意見を交わすといった経験がまったくなかったので、ものすごく刺激的でした。「世の中にある白いもので、黒くしたら面白いと思うものは何か」という質問があって、関西の少しやんちゃな学生が「トイレ!」と答えて、「トイレが黒やったら、汚れが目立たへん!」と笑っていたのも覚えています。自分にはない視点を講師や周りの同期、先輩・後輩からたくさん聞けることがとても素敵で、勉強になりました。
 今はコロナで人と関わるのは難しいときではありますが、学生だったみんなが社会人になって、それぞれに考えるところもあると思いますので、落ち着いたらまたあのときの仲間たちと色々な話をしてみたいなと思います。
(2022年7月11日の取材をもとに事務局が編集しました。)
編 集 後 記
その心尽くしは、喜びとなり、強さを生む
「きめ細やかに心をくばり、適度に尽くすことが、志と行動力を生み出している。」
 2019年3月に行われた春の研修。高橋さんは、その直前まで海外の特別支援学校に学ぶために留学。そこから泊りがけの研修に駆けつけて、留学の内容と成果をパワーポイントで発表したのだった。熱意と行動力に驚くのみならず、その出来栄えは見事。わかりやすさもさることながら、奨学生の知りたいことを、細部まで上手に捉えていた。
 取材を通じて、教員になってから高橋さんはその能力を磨き、いかんなく発揮していることがよくわかった。
 高精度なアンテナともいうべき感知能力で、子どもたちの仕草や雰囲気をキャッチし、個別に良い塩梅の優しさで関わっている。さらに親御さんや同僚に対しても同様の関わり方をしているのだ。だからこそ体調不良回復後の温かいフォローが提供されるのだと思う。
 そして、優しいかかわりに子どもたちが返す嬉しさや喜びの笑顔を原動力にして、高橋さんの高い志と行動力は生み出されている。同僚からの信頼と支援を受け容れる力が加わって、繊細さと力強さを併せ持った優しさの力は、さらに発展して行くのだと思った。
そこで、とくに教職にある皆さんにお願い
 子どもの様子に変化を感じ取ってよかったという経験、例えば「背中に力が無いように感じたので声をかけたら、凄く落ち込んでいて・・・話が聞けて良かった」とか、皆さんの子ども・生徒とのかかわりの中であったことをお送りください。どんな小さなことでも結構です。
髙橋さんにも色々質問してみましょう
募集中
学びをより広く
深いものにするために
取材を受けてくれたOBOG教員たちは、一生懸命自己開示してくれています。
1.彼らに感想やメッセージを送ってください
2.記事中の彼らの質問になるべく答えてください
3.編集後記の「皆さんへの質問」に、なるべく答えてください
メールにて、hakuho-f-obog@ddcontact.jp (教職育成奨学金ネットワーク事務局)までお送りください。
皆さんからいただいた感想やエール、質問への応答は、多様な知見のストックとなります。
「1期生 小学校教員○年目」という紹介にて、追って掲載いたします。
このコンテンツは、奨学生のOBOG限定です(現役奨学生や関係者向けには別途編集したものを後日提供予定)。
コピーや転送、対象外の人の閲覧は、厳禁とします。