中迫佳那子さん
2022/11/29 UPDATE
中迫佳那子さん
2期生(2021年卒)
福岡教育大学出身
広島県立特別支援学校(高等部1年担任)

障がいがあるからとあきらめず、
「できる」手立てを考え続けたい
 特別支援学校の教員として、2年目を迎えている中迫さん。仕事への取り組み方をお聞きすると、明るくやさしい印象をよい意味で裏切るような、強い責任感や使命感が伝わってきました。特別支援教育の枠組みを超え、社会科というもう一つの専門性を生かして生徒の学びを支援したいという熱意にも圧倒されました。
- お元気そうですね。近況報告から、お願いします。
 昨年度より、広島県の特別支援学校で勤務しています。昨年度は高等部の2年生の副担任で、今年初めて高等部1年生の担任をしています。知的障がいのある生徒が通っている学校で、1クラスに生徒が7人、教員は2人が中心ですが、私のクラスは3人です。私は専門教科の社会科に加え、国語、音楽、総合などの授業を担当しています。
 勤務先は小学部から高等部まであり、児童生徒234名、教員139名という大規模校です。知的の特別支援学校の中では珍しいのですが、高等部に職業コースという課程があるのも特徴です。学校規模が大きいと、教員としての業務も組織的に動けるというメリットはあるかなと思います。友人の話を聞くと小規模校は慣習的というか、先輩の教員の話を聞いて動くということも多いようですが、うちの学校では書類の提出や起案の手順なども組織として明確に決まっています。校務分掌についても、私は今年、教育研究部を担当していますが、それぞれの役割がきちんと確立していると感じます。ものすごく働きやすい環境で、私は初任校にすごく恵まれたので、4年後がちょっと怖いかもしれません(笑)。
中迫佳那子さん
勤務先の中庭風景。「校舎がロの字型になっており、中庭では小学部の児童がよく遊んでいます」(中迫さん)
- 生徒や保護者との向き合い方は?
 生徒とはしっかり会話をするようにしています。生徒の好きなものを聞いて、それについての自分の話をすると心を開いて、話しかけてくれる生徒も増えると感じています。
 例えば、けん玉が得意な子にはけん玉の技の話をしたりもします。その子は、4月頃は何を聞いても「知らん」「わからん」という感じでした。発話が明瞭でなくて、聞き取りにくいようなしゃべり方があるので、何度か聞き返されると「もういいや」となってしまう。だから私は「もういい」と言われても、そこで終わらせずに「最初の文字をもう1回言って」「お願い、もう1回だけ」とあきらめず、関わるようにしていました。
 そうすることで「この人は上手に喋れなくても会話をしてくれようとする相手なんだ」と感じてもらえるようになったのか、最近はだいぶおしゃべりをしてくれるようになりました。話すのが難しいときも近くに来て話したいという雰囲気を出してくれるので、私から声をかけてコミュニケーションをとっています。
 それから保護者とは「子どもの成長を支えるパートナーでありたい」という思いで接しています。生徒の素敵なところを連絡帳で伝えたり、今後のことについて一緒にお話をしたりしています。電話でお話をすることも結構あります。保護者から家庭での様子を聞き取ったり、高等部なので進路に向けての話をしたりもします。進路によって指導の仕方や実習などの内容も変わってくるので、保護者や本人がどのようなゴールを望んでいるのかをお聞きします。保護者は皆さんお優しいですし、いろいろと話をしていて気づいたら1時間経っていた、みたいなこともあります。
 生徒にしても保護者にしても、じっくりとお話を聞くことは苦になりません。たぶん私は、相手がどう思ってどういう行動をしているかに興味があって、その思いに対してどうやったら実現できるかと、一緒に考えて話を進めるのが好きなんだと思います。振り返ってみると、学生時代から聞き役の場面が多かったように思います。「人の話をいっぱい聞くの、大変じゃない?」とか「面倒くさくないの?」と言われたこともありますが、むしろありがたいなというか、「私にそういう気持ちを教えてくれてありがとう」と思うタイプです。
- 職員間の関係で、意識していることは?
 先生方との関係では「報連相」を徹底するようにしています。担任同士については、3人担任というのは有難い面もあるんですが、2担(2人担任)の場合は1人の相手に伝えればいいところを、3担だと2人の先生に伝え漏れがないように、情報共有をしなければなりません。だから片方の先生に伝えて安心してしまうのではなく、もう1人の先生にもちゃんとお伝えするようにと意識しています。
 また特別支援学校では担任以外にも、窯業の授業とか、いろいろな授業によって関わる先生の組み合わせが変わります。うちの学校は8クラスあるので16人以上の先生がいらっしゃって、授業によってさまざまな先生方と関わるので、そういう先生方との「報連相」も重要です。私は伝え漏れを防ぐために、教員用のマンスリーノートにやったことややるべきことのリストをメモするようにしています。1日ごとの記録ができる欄に「今日はこれをする」とか「○○先生に報告」とまとめて書いて、終わったらチェックしています。そうしておくと、後で他の先生方から「あれっていつやったんだっけ?」とか「あれやった?」と尋ねられたときに、「この日にやりました」と報告ができるので便利です。
 私自身がそんなに一気に仕事をできないタイプですし、頼まれた業務に対して、どういうタスクがあるかをリストアップして、1個1個やっていく形にした方がわかりやすいですし、「これが終わったから、今日の仕事は終わり」と開放感にも浸れます。特に仕事はお給料をもらっている以上、もしものことがあってはいけませんし、漏れのない確実なやり方を考えて習慣化することで、不安もいくらか軽減できるかなと思っています。
中迫佳那子さん
毎日の業務に欠かせないのが教員用の手帳。「授業準備や担任業務、分掌業務などやるべきことをリスト化し、実施したことを記録しています」
- 教員としてやりがいを感じるのは、どのようなとき?
 生徒の成長につながる授業アイディア(手立て)を考えているときや、実際に授業をして手ごたえを感じたときは、やりがいを感じますね。
 たとえば、数学は、初めに生徒の今の理解度や課題を測れるようなテストをして、「ここが苦手なんだな」というところを1人ずつ見つけ、その後に授業を組み立てました。重さの単位をわかっていなくて、消しゴム15gを15kgとしている子がいたら、15kgだと重い米袋と同じだよとイラストで視覚的に比べたりしました。そうしてみんなの苦手を一つずつクリアしていき、最後に同じテストをもう1回すると、1点でも2点でも上がっていることが確認できます。大学時代に、「特別支援教育の専門性は、その生徒にとって『これがあればできる』を見つけてあげることだ」と学んだので、それを実践の場で生かしたいなと思っています。
 それから昨年、社会を教えていた生徒に「先生の授業、今年も受けたかった。先生の授業がいい」と言ってもらえたときには、昨年の自分のがんばりを認めてもらえたような気がしてうれしかったです。昨年の社会の授業では、知識のインプットだけでなくアウトプットも意識しました。アウトプットといっても「わかりましたか?」「うん、わかった」というのではなく、動画を見ながらわかったことをメモして、わかったことをもとに3択のクイズを作ってもらいました。それをGoogleフォームというアプリに入力してみんなでクイズを解く、という作業をしました。初めて学ぶときに知識を得て、その知識を使ってクイズを作るというアウトプットによって理解が深まり、そして他の人が作ったクイズを解くことがまた復習になる。そういうインプットとアウトプットの反復をサイクル的にやっていた時期がありました。それが生徒にとっても楽しく、わかることが増えたという実感につながったのかなと思っています。
中迫佳那子さん
教壇に立って指導をする中迫さん。「どの教室も黒板ではなくホワイトボードなので、授業でもプロジェクターをそのまま映すことができて便利です」
- 反対に、難しいなと思うのはどのようなとき?
 他害がある生徒への対応は難しいなと感じる場面はあります。特に昨年は悪気がなく、衝動性でやってしまう生徒がいるクラスだったので、どうしても私が1対1になったときに敵わないということもありました。基本的には男性の先生が対応してくださることも多かったのですが、他害があるから力で縛るみたいなことは全くせず、子どもが落ち着くように接することができる方で、私もそういうふうになりたいなと思いました。
 それと、精神的に不安定な生徒の対応にも迷うことがあります。そのようなときは生徒・保護者の考えや、生徒指導提要などの根拠を明確化しながら、周りの先生方とも話し合い、どのように対応していくかの軸をもつようにしています。たとえば、中学校で不登校傾向だった生徒が「4月はたくさん学校に来たから、5月は行きたくない」と言うとき、「何言ってるの、来なさい」とは言わないようにしました。生徒指導提要にあるように学校に毎日来ること自体が目的ではなく、その子にとっての将来をイメージして、そのために必要なことを学んだり、人と関わったりすることが重要だから学校に来るのだという根本を意識して、「大変なんだね」と受け止めつつ、少しずつ登校を促す関わりをしました。学校の教員として「学校に絶対来なさい」と言ったほうがいいという考えもあると思いますが、そこをすぐに決めつけずに、その子の生き方に沿ってアプローチしたいなと思いました。
 生徒指導提要とか学校経営計画などの根拠から軸を考えないと、独りよがりになるというか、「自分がこう思うからこうする」というだけでは責任が取れないですから。それこそ他の先生と何度も話し合ったり、いろいろなことを考えて対応しています。他の先生方はこれまでにたくさんの経験をされているので、こういう場面でこういうことをしてどうだったとか、具体的にお話をしていただけてとても勉強になっています。
- 今後に取り組んでいきたいことは?
 特別支援学校における社会科の可能性を追究していきたいと考えています。私は中学校の社会と高校の社会、あとは特別支援教育の5領域を持っています。その私の専門性を生かして子どもの学びに繋げていきたいという思いが中心にあります。
 社会科教育では、複数の具体例から「これとこれは同じだね」とか「こことここを比べると少し違う」といった共通性や相違点を見出し、抽象的に捉えることは重要な学習ですが、知的障がいがある児童・生徒にはそれは難しいと捉えられています。
 しかし、図式化したり身近なことと関連づけたりしながら、スモールステップを重ねていけば理解できるなど、手立て次第で生徒が学びを深められる場面は多くあると思っています。例えば、少し前に娯楽施設の利用という授業でホテルの予約の仕方を学びました。そこで繁忙期にはホテルの宿泊料がどう変わるかを、生徒と一緒に考えました。繁忙期はホテルの値段を安くすれば、いっぱいお客さんが来ると考えてしまう生徒も多かったのですが、そこでわからないだろうと説明を省かずに、具体例を出してスモールステップで考えました。例えば「クリスマスにディズニーランドに行くと、その近くにホテルがあるよね」「みんなが来たいとなっても、ホテルの部屋の数は変わらないから、ちょっと高くても借りようと思う人が増えるよね」という感じで、具体と抽象を行ったり来たりしながら、ホテルの同じ部屋でも繁忙期に値段が変わることを説明しました。
 今後も、自分一人では手立てを考えるのが難しいことも多いと思うので、周りの先生方や書籍などさまざまなものから学び、生徒が学びを深められるきっかけづくりを行っていきたいです。今年は2年目研があって、私は特別支援教育だけでなく、社会科の2年目研も受けさせてもらっています。社会科教員の中に混ざることによって考えられることもあるのかなと思い、ちょっと疎外感も感じながらも参加しています。
- 気分転換にしていること、OBOGに聞きたいことをお願いします。
 私の場合、幼い甥のお世話をしたり、遊んだりするのが気分転換になっています。甥っ子とたくさん接することで、言葉で説明するのが難しい相手の表情やこれまでの文脈から気持ちを考えたり、ちょっとした一言に反応したりなど、教員として必要なことを自然と身に着けられるいい機会になっているなと感じています。私は“おば愛”が強くて、たくさん写真を撮っておいて、カラーペンで面白く書き込みをしたりして、1年間を振り返れるアルバムを毎年作って誕生日に贈っています。最近は、甥っ子と友達のような関係になってきていて、ゲームをしたら負けてあげたりするのが大人だと思うんですが、かるたなどでもお互い同じレベルで戦って、ときには喧嘩をしたりもします。精神年齢が子どもなのかもしれません(笑)。
 奨学生のOBOGの皆さんには、教員生活をよくするためにしている習慣的な工夫があるか、聞いてみたいです。私は授業づくりを向上させていきたい気持ちが強いので、板書を毎回撮影して、自分の授業を振り返るようにしています。昨年、その話を教員の友達にしたら、自分も始めてすごく役立っているということでした。そういう皆さんがしている工夫や有益な情報を共有し合えるといいなと思っています。
中迫佳那子さん
夏休みには甥っ子と一緒に花火を楽しんだそう。「0歳の頃からお世話をしたり、一緒に遊んだりしてきた甥っ子はとても大切な存在です」

(2022年9月20日の取材をもとに事務局が編集しました。)
編 集 後 記
授業をマーケティングする人
生徒の心を聴き、分析して目標と課題を設定、解決の策を講じ、効果を測定して改善する。
1.日頃の交流の中で、ひとりひとりの反応を測定し、その子の課題を発見する。
2.先生方との共有、親との交流の中で、それぞれの生徒のゴールと課題を明確化する。
3.課題解決のアイデア・方法を考案し、授業として組み立てる。
4.ひとりひとりについて、学びの効果を測定し改善の手を講じる。
5.授業の記録をとって振り返り、新たな課題を発見し改善の方法を考察し実行する。
 これが中迫さんの日々の行動である。この行動のプロセスは「授業という商品」を創造して、成功するまで改善を加えるマーケティングのプロセスそのものと思う。しかも一人一人に対しても丹念かつ当たり前のように行っているとは。驚いた。
 そして中迫さんにこのような科学的な授業構築を可能にしている背景には「成長を支えるパートナーでありたい」という強い思いがある。さらに、生徒とは常に寄り添い支える関係を貫いている。だから生徒は信頼して本音を話すのだろう。
 愛情と熱意に溢れ、生徒との信頼が盤石なものなればこそ、緻密で手間のかかるプロセスを日々繰り返すことを可能にしているのだと思う。
 これからも中迫さんは、この授業マーケティングを続けることで、より一層生徒に効果的な教えを創造して行くことだろう。勿論特別支援学校における社会科の可能性にも大きく寄与するはずだ。
そこで、とくに教職にある皆さんにお願い
 取材でも沢山出てきていますが、皆さん独自に授業の創意工夫をされていると思います。
 一方もう少し効果的な教え方はないものか、授業はもっと楽しくならないかといった問題もそれぞれ感じていると思います。
 皆さんの授業力の創意工夫と問題課題を是非お送りください。
募集中
学びをより広く
深いものにするために
取材を受けてくれたOBOG教員たちは、一生懸命自己開示してくれています。
1.彼らに感想やメッセージを送ってください
2.記事中の彼らの質問になるべく答えてください
3.編集後記の「皆さんへの質問」に、なるべく答えてください
メールにて、hakuho-f-obog@ddcontact.jp (教職育成奨学金ネットワーク事務局)までお送りください。
皆さんからいただいた感想やエール、質問への応答は、多様な知見のストックとなります。
「1期生 小学校教員○年目」という紹介にて、追って掲載いたします。
このコンテンツは、奨学生のOBOG限定です(現役奨学生や関係者向けには別途編集したものを後日提供予定)。
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